各家庭の家紋
江戸時代以前から使用されている家紋ですが、みなさん知らないだけで、各家庭には代々受け継がれるべき家紋があり、忘れられているか、うまく継承されなかったのか、色々な理由あって家紋をしない人も増えてきているだけで、実はみんな家紋を持っています。
昔に使われていたのぼりのイメージというと、戦国時代まで遡ることになりまして、武士が自分の家紋のはいった、いわゆる紋付き袴をきているなど、当たり前のように使われている時代でして、高位で有名な家柄であれば、家紋を見ただけで分かるくらいです。
私の家の家紋は、縁の中に▲が3つ入っており、どこの流れは分かりませんが、それなりの階級に属していたようで、詳しくは言えませんが、家系図を見るとそうなっています。
そんな高位を維持してきた家系にも関わらず、今の自分を見ると月とスッポンぐらいの差がありまして、私がその時代に生きていたら、きっと滅びていたでしょうね。
そんな戦国時代から使用されていたのぼりですが、関ヶ原の戦いなどの絵を見ての通り、背中に見かたの物ようの入ったのぼりを立てて戦に挑むなど、様々な使用のされ方をしているわけですが、当時の戦い方として武将が名乗りを上げ、それから堂々と真正面から戦うイメージですが、すこし考えがズレテいるひともいるので、分かりやすく説明しますと、もちろん正々堂々と戦うのですが、それは最初の戦を始めるスタートをお互いに知った上で戦うだけで、当然ながら奇襲攻撃だってしますし、戦略を立てて相手が考え付かないような裏を狙うなど、勝つための戦略は必ず立てますし、遊びではなく命をかけた戦いなのですから、戦いの火ぶたが切って落とされたら、ズルイとか反則とかはありません。
のぼりの重要な役割
もう少し家紋の話をさせていただくと、戦で敵と味方を見分けるための家紋は、武将が所有しているマークを背負うわけでして、武将以外の配下にいる者たちというと、好き勝手に家紋を見に付けて良いわけではなく、武将である主人の家紋を見に付ける事になります。
現在での「のぼり」というと、商売に使用するためのものでは有ったのですが、このころの時代には商売としてのぼりを使用することはなく、司馬遼太郎が書いた武田信玄を読んでいても、やはり戦の時以外でのぼりを使用していた歴史は残っていないようですが、私の予想としては、長年受け継がれてきた「のぼり」でもあり、時代は一周して戻ってくると言われるように、その当時も商売繁盛させるための施策として、現代使われているのぼりに似たような旗などをつかって、お客さんを集めていたと思われます。
歴史の魅力というのは、その時代に残された遺品から、リアリティーを追求して小説や大河ドラマなどで作り上げていく事に合って、その当時、その現場にいなかった私たちですから、発した言葉の99パーセントは作り言葉では有りますが、その当時の人がどのような言葉を発信して、天下を統一させていったのかを想像すると言うのは最大の魅力です。
最近では、肉食系男子とか、草食系男子と言われていますが、今はその当時の人と感覚も違いますし環境も違うので異なるのは当たり前かもしれませんが、その頃の人と比べてしまうと、国を救おうと言う熱い男は少なくなっているように思いますし、今の政治を見ていても任せておくのは危なく、今の時代の若者こそが動いて行かなくてはならないのです。
熱く語ってしまいましたが、要するにのぼりは古くから重要な役割がありという事です。